江戸時代の愛宕神社「出世の階段(男坂)」の様子(画像or写真など)

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出世の階段をご存知ですかぃ?

出世の階段は芝・愛宕神社が鎮座する愛宕山へ通じる階段であり、急勾配且つ、86段もある階段です。

愛宕神社が建てられたのが江戸時代初期(1603年)であることから、この階段も愛宕神社建立とほぼ同時期に造られたことになりまする。

人間のスケベ根性というものは、本当に果てなきスケベなものであり、現在の出世の階段を見た人・登頂した人であれば、江戸時代や明治時代の出世の階段の様子も知りたいところ。

このページでは芝・愛宕神社の出世の階段の様子をご紹介しましょう!

以下、画像引用先:国立国会図書館より

江戸名所図会「愛宕社 総門」

この絵図を見れば分かるように往時は愛宕社の出世の階段の前には鳥居のほかに「総門」という、いわば愛宕社の玄関ともなる門があった。

門の両脇には寺院が軒を連ねた。

手前に見える大通りは現在の都道301号線白山祝田田町線(旧・「愛宕下通り」)。

写真左側には女坂もシッカリかりかりカリカリ梅…酸っぱ!てなほどシッカリと描かれている。どんな度合いや …このクダリちょぃ使いすぎか サブぃな

東都・芝愛宕山之景

 

江戸時代後期1700年後期〜1800年初頭の愛宕権現の様子を描いたもの。作者は鍬形蕙斎(くわがた けいさい)の名で知られた浮世絵師・「北尾 政美(きたお まさよし)」。

愛宕神社(愛宕権現)には出世の階段を上がってきたところに楼門が建ち、出世の階段下には「総門」と呼ばれる門があった。

この総門の前には小川が流れている様子が描かれ、その小川の上には朱色の太鼓橋が架橋されている様子が描かれている。江戸後期の愛宕山の様子を物語る貴重な資料である。

この朱色の太鼓橋を渡った先にある大通りが現在の都道301号線白山祝田田町線(旧・「愛宕下通り」)である。

江戸名勝図会 愛宕山

 

江戸時代後期の出世の階段の様子。紙垂がつけられた大幣(おおぬさ)が見える。なにかの行事があったのだろうか。

右側に見えるのは女坂。

ちなみにこの門は上述の「総門」であろう。ふぉっふぉっふぉっ。

この総門をくぐったところに建つ鳥居は、現在の出世の鳥居の前身だと考えられる。場所もほぼ同様の場所に建っている。

歌川国貞(2代目・歌川広重)「江戸自慢三十六奥 愛宕山毘沙門ノ使」

これは愛宕山山頂で毎年正月3日に斎行された「強飯式(ごうはんしき)」の様子を描いたものとみえる。

どうやら愛宕の強飯式は江戸庶民には知られた儀式だったよぅ。

儀式の仔細は、「毘沙門の使い」が鐘の音を合図に3人の徒者を従え、愛宕権現(愛宕神社)境内から男坂を下る。この様子が上掲画像の中央部に描かれている。

その後、毘沙門の使いは別当寺にあたる円福寺に入る。円福寺内部では宴を催している僧侶たちがいる。この僧侶たちに約2mの大まな板を杓文字で突き鳴らして、日本昔話盛りにしたクソ山盛りのクソ飯をクソほど食べるようにクソ強要する。クソっクソっクソっ!永遠につづくクソの物語

その後、毘沙門の使いは再び山頂の愛宕神社へ帰って儀式終了。

なお、この毘沙門の使いは代々、女坂の上にある「あたご茶屋」という水茶屋の主人が務めたといぅ。

1867年(慶応3年)頃の出世の階段の様子

「東錦浮世稿談 曲木平九郎」歌川芳年・仮名垣魯文記

1634年(寛永11年)2月25日、四国 丸亀藩の調馬の達人「曲垣平九郎(まがき へいくろう)」が騎乗で馬を操りながら、石段を昇って愛宕山山頂への登頂に成功する。

馬を操って愛宕山へ登頂した人物は歴史上初。

山頂へたどり着いた平九郎は、山頂に生えていた源平の梅の枝を手折り、家光公へ献上する。家光公は大喜びして自らの小太刀を平九郎に褒美として与えた。

この故事から後に「出世の石段」と呼ばれる。(現・港郷土資料館所蔵)

明治4年頃の出世の階段の様子

右に見えるのは「小西酒店」という酒屋。どうやら、ここでお酒を買って山頂で飲んでいたよう。江戸時代には写真中央に見える出世の鳥居の両脇には寺が軒を連ねていた。

特に出世の鳥居を向かい見て左脇には愛宕神社を実質支配した別当寺の「円福寺」というお寺があった。

そぅ考えると小西酒店の場所にも「金剛院」というお寺があった。この事実は江戸後期の地図にも記されている。

写真では円福寺の存在はすでになく、廃仏毀釈の影響からか、瓦のようなものが乱雑に積まれ、一部は壁と思わしき用材とともに破壊されている様子がうかがえる。

 

明治23年頃の出世の階段の様子

東京名所 愛宕山

 

左上に見えるのは「愛宕塔」。

愛宕山は明治19年に山頂に公園が造られた。

明治22年になると、この公園内に洋館風の「愛宕塔」が建造される。新たな芝・愛宕のランドマークが出来たワケだ。

愛宕塔には旅館と西洋料理店を兼ねた「愛宕館」ほか、最上階には望遠鏡、土産物屋なども入店した5階建てビルだった。

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