靖国神社「第一鳥居(大鳥居)」と狛犬など

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靖国神社「第一鳥居(大鳥居)」

読み方

  • やすくにじんじゃ だいいちとりい
造営年

  • 1921年(大正10年)
再建年

  • 1974年(昭和49年)
建築様式(造り)・材質

  • 靖国鳥居、耐候性鋼製
初代第一鳥居の大きさ

  • 高さ:21.03m
  • 柱直径:1.88m
  • 笠木(上の横木):長さ29.74m、直径2.06m

※柱間の幅(右の柱の中心から左の柱の中心までの間隔):17.94m

現在の第一鳥居の大きさ

  • 高さ25.00m
  • 柱:直径2.50m、円周7.85m
  • 笠木(上の横木):長さ34.13m、直径2.70m
  • 貫:太さ(上下)1.80m
  • 重さ約100t

※柱間の幅(右の柱の中心から左の柱の中心までの間隔):19.56m

靖国神社「第一鳥居(大鳥居)」の歴史・由来

初代・第一鳥居

初代第一鳥居(大鳥居)は、靖国神社の創建50周年を記念し、1921年(大正10年)に「日本一の大鳥居」として造立されました。

石松秋二作詞の軍国歌謡『九段の母』(1939年(昭和14年))に

「空をつくよな大鳥居 こんな立派なおやしろに 神とまつられ もったいなさよ 母は泣けます うれしさに」

と歌われるなどして広く知られ、観光名所としても親しまれていましたが、1943年(昭和18年)、風雨による損傷を理由に撤去され、資材は軍事物資として供出され、しばらくは代わりにヒノキ材の鳥居が建っていました。

第一鳥居の再建

その後、第二次世界大戦終結から30年近く経過した1974年(昭和49年)、靖国神社に祀られる英霊の戦友や崇敬者などによって再建されたのが、現在の第一鳥居です。

設計・施工は日本鋼管株式会社(当時)が担当しました。

『靖国神社大鳥居再建之記録』という資料には、近衛歩兵第1連隊の元将兵が再建運動の中心となり、建設費用にはおよそ1万8千人もの個人と団体からの寄付、約1億6千万円があてられたことや、オイルショック(1973年~)による資材高騰を懸念して着工が予定よりも前倒しになったことなどが記録されています。

初代の鳥居は青銅製でしたが、再建された鳥居は、当時の最新技術の耐候性鋼(たいこうせいこう)で造られました。

日本最高・最大級の大鳥居で、震度7の地震、風速80mの風にも耐え、耐用年数はなんと1200年といいます。

第一鳥居再建時の様子(靖国神社境内展示)

2018年(平成30年)には美装工事が行われ、さびていた表面がきれいになりました。

靖国神社「第一鳥居(大鳥居)」の特徴と見どころ

靖国神社の第一鳥居は、靖国神社の名前を冠した「靖国鳥居」という様式の鳥居に分類されます。

笠木(かさぎ)に「反増(そりまし)」と呼ばれる湾曲がない「神明鳥居(しんめいとりい)」の一種で、主に以下のような特徴を備えています。

  • 笠木に反増がない
  • 額束(がくづか・額柄)がない
  • 貫(ぬき)が柱の外側に出ない
  • 笠木の断面は円形、貫の断面は長方形


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靖国神社の鳥居は「日本一の大鳥居」?

初代の第一鳥居は、「日本一の大鳥居」として誕生したとご紹介しました。

再建された現在の第一鳥居は初代よりも4mほど高く、25mあり、これはビルの8階部分に相当します。

造立当時は日本最大でしたが、現在は日本で6位の高さとなっています。

【補足】日本全国「鳥居の高さランキング ベスト5」

 熊野本宮大社の大鳥居(33.9m)

所在地:和歌山県田辺市
鳥居の材質:鉄筋コンクリート

 大神神社の大鳥居(32.2m)

所在地:奈良県桜井市
鳥居の材質:耐候性鋼板

 弥彦神社の大鳥居(30.2m)

所在地:新潟県西蒲原郡弥彦村
鳥居の材質:特殊鋼

 最上稲荷の大鳥居(27.5m)

所在地:岡山県岡山市
鳥居の材質:鉄筋コンクリート

 鹿嶋神社の大鳥居(26.0m)

所在地:兵庫県高砂市
鳥居の材質:チタン

靖国神社「第一鳥居(大鳥居)」手前の社号標と狛犬について

社号標

第一鳥居の右手前には、「靖國神社」と刻まれた社号標があります。

この社号標は、1894年(明治27年)に建てられたもので、高さは10m以上あります。

文字は、長崎県生まれの書家・吉田晩稼(よしだばんこう)によるものです。

本来は「靖國神社」の上に社格を表す「別格官幣」という4文字が2行になって刻まれていましたが、1945年(昭和20年)、占領軍により「神道指令」が出され、社格制度が廃止されたため、上の部分のみが切り取られてしまいました。

画像引用元:靖国神社Instagram

狛犬

完成年

  • 1966年(昭和41年)
作者

  • 八柳恭次 石工・小澤映二

社号標の手前の参道両側には、向かい合うようにして2体の狛犬がいます。

この大きな狛犬は、1966年(昭和41年)に完成したものです。

最初、彫刻家の後藤良(ごとうなおし)が太平洋戦争中に造り始めたものの、終戦となって中断し、そのまま1957年(昭和32年)に亡くなったため、弟子の八柳恭次(やつやなぎきょうじ)が完成させました。

参道の右側に口を開いた狛犬、左側に口を閉じた狛犬が置かれ、靖国神社を守護しています。

参道右側の狛犬
参道左側の狛犬

神社でよく見られる一対の狛犬は、仏教寺院の仁王像の影響を受けており、一般的には、右に口を開いた阿形の像、左に口を閉じた吽形の像を置くと決まっています。

阿形は森羅万象の「陽」や「始まり」、吽形は「陰」や「終わり」を表します。

また、平安時代頃からしばらくは、口を閉じた方に角をつけ、そちらを狛犬、口を開けて角を持たない方を獅子とするのが一般的でした。

靖国神社第一鳥居前の2体の狛犬も、この「獅子・狛犬」の組み合わせとなっています。

「護国神社系」狛犬

靖国神社のように、英霊を祀る神社を護国神社と言いますが、この護国神社によくある狛犬を「護国神社系」と分類することがあります。

胸を張り、堂々とした風格あるたたずまいで、いかつい顔をしているのが特徴で、さらにいくつかの型に分けて区別されます。

その中でも第一鳥居前の狛犬は籠神社(このじんじゃ)型と呼ばれる、京都府宮津市の籠神社の狛犬をモデルとしたと考えられるタイプの狛犬です。

胸板が厚く、大きな胴体に対して頭がやや小さめで、迫力ある姿をしています。

籠神社の狛犬(重要文化財)
 狛犬の左右の形の違いについて

かつて、古代オリエントで生まれた獅子像が、インドを経由して中国に伝わりました。

その獅子像を遣唐使が日本に持ち帰ったものが、現在日本全国の神社で見られる狛犬の起源とされています。

2体の獅子像は、日本に持ち込まれた後、「獅子」と、日本で生まれた「狛犬」というペアに変わっていきました。

諸説ありますが、平安時代中にはこの獅子と狛犬の組み合わせが主流になっていたようです。

この場合、向かって右が口を開き角を持たない獅子で、向かって左が口を閉じ角を持つ狛犬です。

つまり、靖国神社第一鳥居前の狛犬は、この平安時代以降の狛犬(獅子と狛犬)の一般的な姿をしているというわけです。

境内では、南門前の狛犬も、同じ獅子と狛犬の組み合わせとなっています。

しかし、時代が進むにつれて獅子と狛犬の区別があいまいになり、呼び方も単に「狛犬」となりました。

容姿は、角のない「獅子」のみのペアのことも多く、また、立ち方(座り方)の違いなどで獅子と狛犬を独自に区別している神社もあります。

靖国神社「第一鳥居(大鳥居)」の場所

靖国神社の第一鳥居は、境内のもっとも外側(東側)にあります。

東京メトロ東西線・半蔵門線・都営地下鉄新宿線の1番出口から、徒歩約4分です。

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