旧台徳院霊廟 惣門(旧・増上寺)【重要文化財】

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旧台徳院霊廟 惣門(旧・増上寺)【重要文化財】

造営年

1632年(寛永9年)〜1634年(寛永11年)/江戸時代初期

再建年

2005年(平成17年)

建築様式

三間一戸 八脚門、朱漆塗

屋根の造り

入母屋造、前後裾唐破風付、銅瓦葺

重要文化財指定年月日

1930年(昭和5年)5月23日

発願者

徳川幕府(徳川家光/3代目将軍)

施工者・造営指揮

甲良豊後守宗広(幕府作事方大棟梁)

平内越前守政信(幕府作事方大棟梁)

所有者

株式会社プリンスホテル(西武グループ)

台徳院霊廟 惣門の読み方

台徳院霊廟は「たいとくいん」、惣門は「そうもん」と読みます。

「台徳院」の意味とは?

台徳院とは、江戸幕府2代目将軍 秀忠公の死後に贈られた名前(諡号/しごう)のことです。

正式には「台徳院殿興蓮社徳譽入西大居士(たいとくいんでんこうれんじゃとくよにゅうさいだいこじ)」。

惣門とは?

惣門とは、禅宗寺院における表門のことです。江戸時代では監視的な意味合いで番頭が駐在するような門を惣門と呼んでいました。

この門は番頭こそいませんが、両端の間口に仁王像が安置されることから霊廟に至るまでの監視的な役目を担う一方で、外部からの穢れや邪気を退けている役割りをも担っているといえます。

台徳院霊廟の惣門は、かつて当地に存在した台徳院霊廟の表門であり、秀忠公が永眠する奥院・宝塔へ至るまでの最初の門になります。

台徳院霊廟 惣門の歴史・由来

江戸時代

秀忠公が逝去したのが1632年(寛永9年)1月24日のこと。その翌日に家光の下、老中の土井利勝を筆頭に南光坊天海大僧正、以心崇伝(金地院崇伝)ら秀忠公や先代家康公と親交のあった家臣一同が参集し、増上寺境内の北側の地に霊廟を造営する話でまとまります。

秀忠公は葬儀は派手に行わないようにと遺言していた経緯があり、御意志の通り僧侶は伴わず、1月27日に土井利勝を筆頭に側近の家臣約10名で亡骸を増上寺の北側の地に埋葬します。

そして霊廟の造営工事が開始されたのが2月10日、7月21日には本殿の上棟式、7月24日に一応の完成を告げる開眼供養が執り行われています。

しかし、現存する資料には本殿以外の造営工事の進捗については記されておらず、1634年(寛永11年)5月23日の増上寺法式について家光公が事細かに指示を出している経緯から、この惣門は1632年(寛永9年)7月21日〜1634年(寛永11年)5月23日の間には完成したものと考えられています。

霊廟は1654年(承応3年)には当初、檜皮葺で葺かれていた屋根を銅葺き屋根に葺替えられており、この葺替えを機に以降の徳川家霊廟の屋根は耐久性と防火性を有した銅葺き屋根で造営されています。

以来、霊廟は幕末まで合計16回も修理が行われています。

惣門に関しては、1830年(文政13年)に当初、瓦葺きであった屋根が銅葺きに葺替えられており、これが現今に見られる台徳院霊廟 惣門の姿になります。

⬆️明治時代中頃の台徳院惣門の姿

昭和時代

しかしながら1945年(昭和20年)5月25日のに太平洋戦争の東京大空襲により霊廟内の建造物は灰燼に帰し、かろうじてこの惣門と、勅額門、丁字門、御成門の4つの門は戦火を免れています。

1958年(昭和年)には霊廟の発掘調査が行われており、その際、現在の増上寺安国殿裏の徳川将軍家霊廟へ移されています。

当初、この惣門は現在地より西方約58m(もっと奥)の位置に建てられていましたが、1959年(昭和34年)に現在地(道路側)に移築されています。

⬆️かつての惣門が建っていた場所は惣門跡として現在も残されている⬆️創建当初の惣門の場所(地図)

平成時代

2003年(平成16年)から約2年の歳月をかけて銅板屋根の葺替え、塗装の塗り直し、かざり金具類の化粧直しや、欠失部品などの補足をメインとした保存修理が実施され、1830年(文政13年)に銅葺き屋根に葺き替えられた当時の姿に復原されています。


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台徳院霊廟 惣門の規模(敷地面積)

かつての台徳院霊廟 惣門があった場所は南御霊屋という場所であり、この南御霊屋の規模は現在の東京プリンスタワーの敷地面積を鑑みれば理解できますが、約1万7000m2もありんす。

これはFIFA規格のサッカーグラウンド2面分に相当する面積です。

台徳院霊廟 惣門の建築様式

八脚門

この二天門は正面から見ると分かりにくいのですが、実は柱が合計12本あります。

門の中心部分となって大屋根を支える本柱が4本あり、これを基軸として前後の同位置に均等に並立する形で4本の柱が用いられています。

これら合計12本の柱で門の屋根を支えていることになりんすが、この門の建築様式は八脚門(やつあしもん)とされています。

この理由は中央の本柱4本を除外して8本柱としてカウントされているからです。

八脚門で有名な門としては、東大寺・転害門や出雲大社の八脚門、それに京都清水寺の轟門などがあります。

唐破風屋根

この惣門の屋根は入母屋造で造営され、前後の面のみに唐破風屋根が取り付けられています。

ただ、唐破風屋根には厳密には「軒唐破風」と「向唐破風」の2種類ありますが、この惣門の唐破風屋根は前後に唐破風が据えられた向唐破風の方です。

唐破風とは弓なりの形状をした湾曲を持たせた屋根のことです。「唐」という文字が付くことから中国から伝来した建築様式のように思えますが、中国の様式に唐破風というものは存在せず、日本独自の建築様式になるというから驚きです。

このような唐破風屋根は城郭や格調高い邸宅、寺社建築に用いられます。

有名どころでは京都金閣寺の唐門などがありんす。

台徳院霊廟 惣門に安置されている仏像「仁王像」とは?

  • 造立年:不詳(推定:1701年〜1750年/江戸時代中期)
  • 像高:(阿形)243.5㎝/(吽形)247.0㎝
  • 様式:寄木造り
  • 材料:表面、砥粉地 (とのこじ)塗り

⬆️阿形の仁王像(門を正面に見て右側)

⬆️吽形の仁王像(門を正面に見て左側)

台徳院霊廟 惣門の仁王像の歴史

この仁王像2躯は創建当初から惣門に安置されていたのではなく、創建当初の惣門にはなかったものです。

では、この仁王像はどこからやってきたのか?という疑問にさしあたりますが、かつては埼玉県北足立郡戸塚村(現在の川口市西立野)に位置する西福寺仁王門に安置されていたことが、修理の際に胎内から見つかった銘札の内容により明らかにされています。

さらにこの銘札の内容により1789年(寛政元年)と1847年(弘化3年)の2回、修理が行われていることも明らかになっています。

1855年(安政2年)には暴風により倒壊し破損が生じたのですが、その際、修理が行われずそのまま同寺(西福寺)の観音堂に移され、以降、しばらくは観音堂の片隅に安置されることになります。

1948年(昭和23年)に西福寺では境内三重塔の修理が行われており、その際、本像も同様に修理が行われたのですが、この後、浅草・浅草寺に移されています。

その後の経緯は不詳とされていますが、およそ昭和33年頃までには現在の惣門の内部に安置されていたのではないかと考えられています。

なお、造立した仏師は江戸に居処した仏師という以外は不詳とされています。


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その他の台徳院霊廟 惣門の特徴や見どころ

この霊廟の惣門の建築様式は折衷様が用いられた門であり、かなり凝っているというか、この霊廟を建てた大工の組み上げ方に理解が追いつかない部位が諸所に見られます。

⬆️厳島神社本殿や法隆寺東大門に見られるような三棟造と思われる構造をしている。かなり手の込んだ造り。

⬆️正面に平三斗を用いその上に巻き斗を乗せるという手の込んだ工法が用いられている。蟇股の仕様は古式。

⬆️中備に二つ斗もしくは双斗と呼ばれる大仏様の組み方が用いられている。古式。垂木組みは二軒繁垂木。

⬆️扉は‥、ほほぅ‥金色の鉄鋲‥ほほぅ、ホケキョ、アチョー〜ぁ最近人気のハートマーク(猪目)も見える。魔除け祈願か?

⬆️惣門の裏側。両脇の間口には何もない。ガラぁ〜ん  ⬆️仁王像を横からみたフォルム。運慶快慶ほどの写実性や精巧緻密さはないが江戸風の粋な職人の趣が感じられる。⬆️唐破風および軒先に見える装飾は権力を誇示した「果てなき金の徳川紋」の連続使用。イカツイのぅ


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台徳院霊廟 惣門の場所(地図)

有章院霊廟 二天門は、大門から約300mの場所に位置します。増上寺三解脱門からは歩いて約2分です。

門をくぐり抜けた先は「プリンス芝公園」という公園になっていますが、一応、プリンスパークタワーの敷地になっています。

ただ、隣接している芝公園や丸山古墳と通路がつながっているため一般客でも自由に通行できます。(通行時間あり)

門を観覧するのは24時間可能ですが、門をくぐり抜けてその先にある増上寺塔頭の宝珠院や弁天池へ行かれる場合は、鉄扉が閉じられる可能性もあるので、適宜、ホテル(プリンスパークタワー)へヒアリングをかけてみてください。

  • 所在地:東京都港区芝公園四丁目8番2号
アクセス
  • 都営三田線「芝公園駅」からA4出入口から徒歩約2分
  • 都営大江戸線「大門駅」から徒歩約5分

その他の増上寺の観光・見どころ

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